【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第312回

2016/10/13
  「ひとつになって」 

 J1第14節(第2ステージ)磐田×新潟。
 TBSラジオの仕事を終え、14時過ぎに磐田駅着。タクシーに飛び乗ったら磐田の町は秋祭りだった。雨はどうやら心配なさそうだ。東京は肌寒いくらいの気候だったけど、静岡県はむし暑い。運転手さんが抜け道を選んでくれて、ストレスなくヤマハスタジアムにすべり込んだ。いよいよ、決戦だ。片渕浩一郎・新監督の下、サバイバルをかけた闘いが始まる。

 試合前練習を見て、あぁ、本当に吉田達磨監督や北嶋コーチがいないんだと思った。片渕さんはどうやら最初に新潟応援席へ挨拶に出向いたらしい。内田潤コーチは(まるで現役復帰したかのように)フツーに増田繁人とボールを蹴っている。内田さんは選手のなかに入るのが役割なんだなと思った。皮膚感覚で感じるものがあるだろう。

 僕は記者席の最前列、ちょうど新潟ベンチ真後ろに陣取った。かぶりつきだ。初陣の片渕さんをはじめベンチの空気が手に取るようにわかる。皆、闘いに来ていた。選手もスタッフもとんでもなく気持ちが入っている。ゴール裏にも同じことが言えた。1500人が闘いに来た。「クラブ史上、最重要なアウェー」だ。ここで踏みとどまらないと地滑り的に崩壊する。そんなことさせてたまるか。

 磐田も苦しいところだった。(試合前の時点で)勝ち点32、年間総合13位ではあるが、第2ステージになってまだ1勝しかしていない。DFに欠場者が集中して、やりくりに躍起なのは新潟と共通してるだろうか。磐田サイドは新潟を蹴落として、残留争いから抜け出したい。

 火花散る一戦になった。新潟の布陣は4ー4ー2。戦意が高い。寄せが早く、球際できびしく行ってる。奪うとタテの意識だ。これは片渕さん、たった4日ですばらしい意識づけを施した。前半12分、加藤大のシュートのこぼれ球にラファエルが詰めたが、オフサイド判定。新潟ベンチが皆、飛び出しかける。ゴール裏が叫ぶ。涙が出そうになる。全員が本気で闘っている。

 先制点はPKだった。タテに勝負し続けた成果だ。磐田の選手たちは判定に不服そうだったが、僕は片渕さんのツキを感じた。のるかそるかの試合でPKをもらえたんだね。どんなにアグレッシブに攻め込んでも、あるいはどんなにアンフェアな止められ方をしても、何も起きないときだってある。PK判定はチームのツキであり、片渕さんのツキだ。前半22分、レオが難なく決め、新潟はのどから手が出るほど欲しい先制点をゲットした。その瞬間のベンチサイドの歓喜! 全員が弾けるように飛び出してきた。 

 一方、守備の課題は修正できてなかった。同38分、磐田・ジェイにあっさり同点ゴールを許してしまう。セットプレーの守備がぜんぜん相手をつかめてない。ヒヤッとするシーンが連続した。つかめてないんだから逆転されてもしょうがなかったが、磐田がハズしてくれたのだ。どうにか1対1のスコアで前半を終える。

 ハーフタイムに珍しい人を見つけた。骨折治療のため帰国している田中亜土夢(HJKヘルシンキ)だ。亜土夢は前節・鹿島戦をビッグスワンで見ている。で、古巣が心配になったのだろう。わざわざ磐田まで駆けつけたのだ。亜土夢の目に前半はどう映っただろう。
 
 「やっぱりセットプレーですね。セットプレーの勝負になると思ってました。アルビのゾーンディフェンスはもっと練習ですね。全体的にはアグレッシブでいいと思います。鹿島戦はタテに勝負に行かなくて、ちょっとつまらなかったです。でも、僕は昔のアルビしか知りませんから。人が変われば戦い方も変わります」(田中亜土夢) 
 
 いや、その「昔のアルビしか知らない」目にどう映ったかが知りたかったのだ。片渕監督は「新潟らしさ」をキーワードに挙げる。

 「攻撃であれば、ゴールに向かう、前に進むという場面を増やしていきたいですし、もっともっとシンプルにプレーしていきたい。守備であれば、それを可能にするために、より前で強いプレッシャーをかけてボールを奪いたい。そしてゴールへ向かって出ていきたい。そいういうところを今まで以上に強調していきたいと思っています」(片渕監督就任会見より)

 その「新潟らしさ」が亜土夢にどう見えたか関心があった。僕は(白紙の亜土夢と違って)予断を持って物事を見ようしているかもしれない。片渕さんのコメントの文脈に沿って見ようとしているかもしれない。

 鹿島戦と継続して見た亜土夢から「昔のアルビ」というフレーズが出たのは面白いことだと思った。亜土夢は単純に「(鹿島戦はアルビではなく)磐田戦は昔のアルビに戻った」という言い方はしたのではない。強いて言えばどちらも「昔のアルビ」とは違うということだ。良くなったところもダメになってるところもある。まぁ、そりゃそうだと思う。物事はそんな図式的にキッパリ色分けされない。

 試合は後半、敵GKカミンスキーの好セーブもあったけれど、「攻め込んで決められない新潟」に陥りかける。磐田はロングボールをジェイに集めてくる。2ボランチ(特に小林裕紀!)は大奮戦だ。僕は片渕さんの勝負勘はどうだろうと思う。一般に育成出身の監督さんはガマン強い。どのタイミングでどんな手を打つ人だろうか。

 交代カードはこう切られた。後半20分、成岡OUT→山崎亮平IN。後半27分、指宿OUT→鈴木武蔵IN。後半38分、ラファOUT→野津田岳人IN。そうしたら終了間際の後半44分、スルーパスに抜け出した武蔵がクロスを供給、山崎ギュンギュンがダイビングヘッド一閃だよ。いやっほう、片渕さん当たった! 「ビギナーズラックというのがあるんだな、と感じたりもしています」(試合後、片渕監督会見より)とご本人も語る。片渕さんのいっしょうけんめいはサッカーの神様に愛でられたのだ。崖っぷちのチームを劇的に勝たせてしまった。

 僕はあれから、決勝ゴール後の光景を何度も何度も思い浮かべている。ベンチ全員が叫んだり飛び上がったり、団子になって顔をくしゃくしゃにしている。ゴール裏は泣きながら「アイシテルニイガタ」を歌い続ける。何度、思い浮かべてもしびれるのだ。僕らはまだ何もなし遂げていないのだが、最高のきっかけはつかんだと思う。いちばん苦しいところでアルビレックス新潟は息を吹き返した。


附記1、片渕監督が試合前、ゴール裏に挨拶に行った様子はYOU TUBEで見ました。僕は自らゴール裏へ向かったJリーグの監督って記憶にないんですよね。ことによると史上初めてじゃないですか。

2、磐田の町には「さわやか」ってハンバーグの人気店があるんですが、夜、アルビサポだけで行列ができていたそうです。そりゃ最高に旨かったでしょう。

3、国際マッチデーのブレークは天の恵みですね。嬬恋のミニキャンプも決まりました。天皇杯の次の相手が横浜FMになって、もう全部強豪との試合です。頑張りましょう。このきっかけを次につなげましょう。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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