【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第398回

2018/11/30
 「昨日がなければ明日もない」

 J2最終節、新潟×山口。
 食堂いちばんでオムライスを食べてから会場入りしたら、Eゲート前広場・総合案内所のところで早川史哉がファンサの真っ最中だった。サポーターが「おかえり!」「おめでとう、待ってたよ!」と声をかけている。史哉は顔を輝かせ、握手に応じ、写真におさまったりしている。僕はちょっと離れた場所で、傘を差してずっと見ていた。鳥屋野潟は小雨まじりで肌寒い。だけど、心が温かくなった。こんなに嬉しいことはない。あきらめない心が「奇跡」をもたらした。史哉、あせらずじっくり行こうぜ。みんな試合に出る日をいつまでだって待つ。

 試合前、スポンサー謝恩セレモニーの後、史哉がピッチに立って、「契約凍結解除」報告と感謝のマイクスピーチを行った。運命と向き合い、闘ってきた男が再びビッグスワンの芝を踏んでいる。史哉はベンチコートを脱いだ。今シーズンのユニホームを着ている。背番号28番が帰ってきたのだ。もちろんスピーチの後、ゴール裏は応援チャントを繰り出す。

 おー、史哉、勝利を掴め、俺らとともに闘おう。
 
 史哉はそれを万感の想いで聴いた。彼が病魔に倒れてから、最後のところは「俺らもともに闘おう」とサポーターの決意表明として歌われてきたのだ。もう、この試合からはベンチに「28番」のユニホームは掲げられない。それがアルビレックス新潟の意思だ。ウェルカムバック。史哉はチームに戻ってきた。

 勝つしかないでしょう。史哉の復活祝いだよ。景気よく行きたい。僕の知人は「本当は1年で昇格して、J1で史哉を迎えたかった」と言う。そりゃそれができたらベストだったけど、こうなったら一緒に階段を上ろうよ。

 アルビは田中達也がスタメンに戻り、(加藤大の累積欠場で)ボランチに戸嶋祥郎が、右SHの位置に渡邊凌磨が入った。悪天候をものともせず、サポーターはスワンに集まった。前の日までは暖かかったそうだ。この日は雨は大した降りにならなかったけど、Nスタンド後方から絶えず強風が吹きつけた。上段の席の人はフードをかぶって耐えていた。

 ところが試合は期待通りにはいかなかったのだ。まぁ、前半42分に先制されるまでは、やっぱり達也がいると違うなぁと思っていた。十分行けそうな雰囲気だった。が、レノファの鮮やかな速攻にしてやられる。縦パスをつながれ、オナイウ阿道と高井和馬の連動だ。最後、大武峻が高井にちぎられ、寄せたソン・ジュフンは転んで、完璧にやられてしまった。レノファ山口おそるべし。「抜けば玉散る氷の刃」という感じの居合い斬りだ。J2でプレーオフにかからないチームがこんなの持ってるんだもんなぁ。

 後半1分、追加点もあっさり決められてしまう。オナイウにジュフンが食いついたところをシャペウ(帽子の意。浮き球)で遊ばれ、逆サイドの山下敬大に通して、サクッと流し込まれる。正直、見下ろされてる感じがしたなぁ。山口に余裕があった。この言い方は今日で最後になるんだけど、どっちが「去年までJ1」かわからない。これが現在地点なんだとあらためて思い知らされた。

 ただそんなことはどうでもいい。サッカーの試合は色んなことがある。グウの音も出ないやられ方だってする。やり返せばいいんだ。最終節のホームスタジアムで、万単位の観客の前で、0-2で終わっていい道理がない。それなのに反撃が形を成さない。やられたことよりやり返せないことが歯がゆい。全体の印象として前節徳島戦と似た試合になってしまった。

 当コラムは(かねて書いてきたように)片渕浩一郎監督のチーム再建の手腕を見事だと考える。例えば川口尚紀の再生がわかりやすいけれど、選手の持ち味を把握している。それはずっとチームを見てきた強みだ。その上でやるべきことをはっきりさせた。選手はグッと動きやすくなったと思うのだ。

 だけど、足りないものもある。9月10月の「負けなし」期間、スタメンを固定したのと同様、交代選手も基本的にパターン化したのだ。そのほうが選手は何をすればいいか理解し合える。で、たぶんそのために引き出しが不足してしまったのだと思う。応用問題が解けない。ここ何試合、後半ギアを上げなきゃいけない展開になって、あまり変化がつくれぬままタイムアップの笛を聞いているのはそこじゃないだろうか。

 アルビは15勝19敗8分の16位でリーグ戦日程を終えた。中位と下位の境目あたりだ。プレーオフ圏内に入るにはちょうど10チームを追い越さねばならない。仮にも「1年でJ1復帰」をスローガンに掲げた(僕は春先、メディアシップに掲げられたバナーでそれを見た。あれは決して「早期のJ1復帰」みたいな文言じゃなかった)以上、面目まるつぶれと言っていい。

 それから今週になって、SNSに「勝ち点獲得コスト(営業費用÷勝ち点)」という棒グラフが流通した。まぁ、これは営業費用をいくらと見積もるかで計算上の誤差が生じるから、ざっくり見ればいいと思うのだが、勝ち点1獲得するのにいちばんコストをかけたJ2クラブはアルビレックス新潟なのだった。何とJ1昇格を決めた松本山雅の2倍強、大分トリニータの4倍強である。費用対効果としては最悪だった。これはマネジメントの失敗を如実に物語っている。

 率直な思いを言えば「これで終わりなの?」だ。物足りない。11月17日、アルビサポはもう見る試合がなくなってしまった。オフが長い。レディースの皇后杯を楽しみにするしかないのか。フチさんのチームはやっと最初の壁にぶつかって、これからどうするかって面白いとこじゃないか。ぜんぜん納得できない。「このつづきは来年!」って殺生だよ。


附記1、今シーズンの「アルビレックス散歩道」はこれでおしまいです。ご愛読に感謝します。今年は個人的にも大いに勉強になったシーズンでした。最終節の相手、山口がまさにそうでしたが、初めて行くアウェーの地が多くて、見聞が広がりました。また対戦するチームのサッカーに学ぶところ大でした。アルビの不面目はいったん脇へ置いておくとして、日本中にサッカーがあるんだなぁと実感できたシーズンです。

2、試合後、シーズン終了セレモニーとともに梶山陽平選手の引退挨拶&胴上げが行われたのも記憶にとどめたいですね。花束贈呈の花の色が青赤でした。梶山選手のヒザの状態があれほどきびしかったとは想像しませんでした。それでもシーズン途中に加わり3試合に出場、必ず場内を沸かせるプレーを見せてくれた。練習場でも若い選手にプロの何たるかを示してくれたと思います。おつかれ様でした。3-0くらいにリードして、最後、出番があったらよかったけどなぁ。

3、タイトルの「昨日がなければ明日もない」は、移動の車中読んでいた宮部みゆきの杉村三郎シリーズ最新作(『オール讀物』11月号掲載)から拝借しました。人間には必ず過去があって未来がある。迷走を重ねた不面目な「昨日」を僕らは消しゴムで消してしまいたいように思うけれど、それは消えてなくなりませんね。また簡単に消してしまって、そこから何も得るところがなかったら「明日」もないのです。


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